坊っちゃん文学賞発のショートショート集『夢三十夜』刊行を記念して、昨年に引き続き、田丸雅智氏(第18回坊っちゃん文学賞審査員長)と白濱亜嵐氏(第18回坊っちゃん文学賞アンバサダー)の対談をオンラインで行いました。故郷・松山市から大きく羽ばたいたお二人には、『夢三十夜』収録作品の感想やご自身の「プロデビュー」のエピソードについてお話しいただきました。対談の模様は、前後編に分けてお届けします。【後編】
*本対談は、Zoomを使用してオンラインで実施しています。
坊っちゃん文学賞事務局(以下 事務局):前編に続いて、田丸さんと白濱さんに、『夢三十夜』に収録された坊っちゃん文学賞受賞者のみなさんの新作についてコメントをいただいていきます。
『夢見堂』杉野圭志
白濱:
とても親近感が湧いて好きでした。なぜなら、伊予弁で書かれているから。それに、誰かに助けられた人が、また別の誰かを助けていくという循環が、クリスマスやサンタクロースというモチーフに非常に合っていていいなと感じました。田丸:
俳句がたくさん出てくる受賞作「はるのうた」でも伊予弁が多用されていました。僕も個人的に親しみが湧きましたし、サンタクロースという取り上げられやすい題材をとても現代的でリアルな設定にすることで、オリジナリティを出せていました。グッときましたね。『手を、交換しませんか?』山猫軒従業員・黒猫
白濱:
僕も高校生の頃、ものにも気持ちがあるんじゃないかって考えていたことがありました。「この充電器、実は生きていて、俺が毎日使っているけど、しんどくないかな?」とか。当時のことを思い出しましたね。あとは、純粋に、「当たり前」に対するありがたみを感じさせられる一作でした。田丸:
傘の持ち手と人間の手を交換するというアイデアがよかったです。途中、不穏な空気が一瞬漂うんですけど、実は、傘にも色々な事情があったというところで、感情を揺さぶられました。大賞受賞作の「ドリームダイバー」でも感じたことですが、黒猫さんは、感情を抑えている場面と、思わず溢れ出てきてしまう場面のバランスの取り方が抜群ですね。『想重計』藤白幸枝
白濱:
カップルの相性について深く考えさせられました。二人にとってベストの状態とはなにか、という。最近、僕の同級生が結婚、出産ラッシュなんですけど、読んでいたら彼らの姿が思い浮かんできました。田丸:
想重計というアイデアがわかりやすくいいアイデアですよね。その使い方も示唆的で、メッセージ性も感じられました。あとは設定として、新しくこういう物に出会いました、使っていくうちにどうにかなりました、という展開もアリな中、すでにそれが世の中に浸透した後の話、というのを選択したところもよかったように思います。『ダンゴの神業』福井雅
白濱:
サッカー経験がある僕からすると、オフサイドトラップをこういう風に使うのは、すごい発想力だなって思いました。たしかにぴったりな表現なんですよね。これからは、もともといた場所を他人に譲る行為をオフサイドと呼ぼうかな(笑)。田丸:
僕もオフサイドという言葉の使い方に驚かされましたし、そのたとえが上手く機能していると思いました。受賞作同様、「紫ばばあ」も登場。授賞式のときに、このキャラでシリーズ化を目指せるかもしれませんね、とご本人にはお伝えしましたが、もっともっと書いていただいて、一冊にまとまったら面白いですね。『上昇志向サーバー』石原三日月
白濱:
このなかで一番好きな作品です。田丸:
おー!!白濱:
自分が普段からポジティブ思考だからか、サーバーの担当者のおっちょこちょい具合がめちゃくちゃ好きで。最後の住人の「賃貸なのにぃ!」で吹き出しました(笑)。名言です。結果的に、サーバーの担当者も主人公と一緒に恩恵を受けているのも最高によかったです(笑)。田丸:
大胆にエスカレートしていくさまが面白かったです。そんなまさか! と。このアイテムでどんな揺り戻しが発生するのか予想できないな、と思いながらどんどん引き込まれていきましたが、最後は最高にバカバカしいというか、とてもハッピーな気分にさせられて、にやにやしてしまう作品でしたね。『モデルハウス』松野志部彦
白濱:
不思議な作品でした。展開が目まぐるしくて、頭のなかで想像している情景がどんどん変わっていくのを感じましたね。何度も読み返しながら進んでいきました。最後の場面では、恋愛ってやっぱり、相手について知った方がいいことと知らない方がいいことがあるよなって思わされました(笑)。田丸:
まさに白濱さんのおっしゃるとおり、不思議なことが目まぐるしく起こって、ぐいぐい読まされるんですよね。受賞作「プリンター」は時間軸が曖昧になっていきましたが、今回はスケール感が曖昧になっていく感じがして。よい意味で、目眩を覚えるような作品でした。『天使きたりて』森水陽一郎
白濱:
学生時代、小さいおじさんが見えるという人、周りにいませんでした? 僕はそれを思い出しました(笑)。田丸:
いました、いました(笑)。白濱:
純粋な人にしか見えない小さいおじさん。地元でいっとき話題になって。だから、画も想像もしやすかったです。天使は、コテコテの関西弁を話すおっさんみたいなのに可愛げもあって、僕も見てみたいです。田丸:
受賞作「象と暮らして」同様、作風が確立されているなと思いました。天使ものってよくあるんですけど、よい意味で癖が強いというか、天使のおっさんの憎めないキャラもそうですし、しょうもないギャグも楽しかったです。そして、やはりインパクトがあったのは最後の場面ですよね。一気に、幻想的というか、シュールな方向にぐいっと持っていかれて、印象に残りました。『夢式会社テイパーズ』眞山マサハル
白濱:
「夢」を「株」にたとえる面白さもありましたし、伏線の張り方もうまかったです。テンポもよくて、読みやすい起承転結がありましたね。「債夢」とか「追床」とか、言葉遊びの芸が細かいところもよかったです。田丸:
スー、と入って来たなという感じがしました。夢ものというのも、星の数ほどあるんですけど、株の感覚になぞられたのはとてもオリジナリティがありました。なおかつ、リアリティも。うさんくさい感じも面白かったです。逆買収の予感は最初からありましたけど、いざそうなっても、予定調和だからつまらないとはまったくならなかったですね。ディテイルもしっかりとしていておもしろかったです。『日寄り草』小狐裕介
白濱:
最後の一行がとても好きです。僕も犬を飼っているからわかるんですけど、犬って食べてはいけないもの食べてしまったりするんです。うちの犬なんて、ぬいぐるみを齧って糸を飲み込んでしまったんでしょうね……うんちのなかに糸が入っていたりして(笑)。そういうのを見つけると、やっぱり愛おしくなる(笑)。そういう感覚を思い出す作品でした。田丸:
優しい作品でした。受賞作「Shell work」も優しい一作でしたが、この「日寄り草」も。とってもシンプルで軽いタッチですけど、優しさが一貫していて。結末も、クスッと笑えて、小気味よい感じが心地よかったです。ちなみに、小狐さんは2019年に『3分で”心が温まる”ショートストーリー』という本で単著デビューをされました。これからのご活躍も楽しみです。『名曲誕生秘話』塚田浩司
白濱:
僕はミュージシャンでもあるので、自分もこんな風に毎回、これが最後というくらいの覚悟で曲を作らなければ、と思いました。これまで、なにかのきっかけで「死」について真剣に考えることはあっても、いつの間にかやっぱりどこかなあなあに死を他人事に感じてしまう自分がいました。だけど、この作品はそんな僕にもダイレクトに響いた気がします。あとは、この作品集の中でいちばん、世にも奇妙な物語でありそうな話だと感じました。田丸:
これはミュージシャンの話ですが、小説家にも同じことが言えるでしょう。太宰の最初の作品集も『晩年』というタイトルでしたし、近い感覚だったのかもしれません。「死」は、色々な場面で意識しますけど、どうしても日々のなかでぼやけてしまう。この作品のように、極限の状況で生まれた曲を実際に聴いてみたいですね。どれほど心振るわせる曲なのか。ラストの皮肉もよかったです。『先祖返りの日』霜月透子
白濱:
「先祖返り」というタイトルなので、人間が猿になるのかなって予想して読んだら、色々な動物に変化していて驚きました。だけど、作中に、ライオンや猫がヒトの祖先にいたはずがない、という主人公のモノローグが挟まれているからでしょうか、違和感はなくて。話の組み立てのセオリーをあえて自分から崩して、そこから再構築していくやり方はすごいですし、この手法に挑んだのは、勝負師だなと思いましたね。最後まで書き切ったのもすごいです。田丸:
白濱さん、めちゃくちゃ鋭いですね。おっしゃる通りで、ショートショートって、下手にすべてをロジカルにしようとすると失敗することがあるんです。霜月さんは、それをこの一節によってうまく回避している。つまり、読者が、「いや、人間の先祖は猿でしょ」と突っ込みたくなってしまう違和感を、主人公自身が、そこにさらっと触れることによって解消しているわけです。人間の先祖が猿である事実に変わりはないのに、この突っ込みのおかげで、なぜだか設定を受け入れてしまう。意図的だと思いますが、お見事でした。事務局:丁寧なご感想をありがとうございました。以上が新作15作でした。
田丸:
この一冊は、受賞作品集というよりも、新作も含めてショートショート集として本当にレベルが高いです。現代ショートショートを代表するアンソロジーと呼んでも過言ではないと思います。自信を持ってみなさんにお勧めします。白濱:
僕も本当に面白かったです。メンバーにも勧めたいと思います。事務局:ありがとうございます。それでは、最後に、受賞者や坊っちゃん文学賞の応募者の方に向けてメッセージをお願いします。
田丸:
この対談の前半で、デビュー後の厳しいお話もしましたけれど、受賞者のみなさんには、まずは、『夢三十夜』への参加でプロとして最初の一歩を踏み出せたことに自信を持っていただきたいです。僕も最初のアンソロジーが、色々なご縁が生まれるきっかけになりました。この本が、みなさんにとって未来につながる一冊になったらいいなと願っています。もともと、坊っちゃん文学賞は、出版を確約する賞ではないのですが、登竜門としてプロに近づける賞でありたいと常に考えているので、その機会捻出のために、これからも僕ができることは最大限やらせてもらいたいです。プロを目指している方も、あるいは、そうでもない方も、自分の作品が本になるってとても思い出深く、一生忘れられない嬉しい体験になると思うので、ぜひ坊っちゃん文学賞にご応募いただきたいです。また、忘れずにお伝えしたいのは、このショートショート集は素晴らしい一冊ではあるんですけど、これが絶対の正解というわけではまったくなく、少なくとも賞の「傾向と対策」だけにはしていただきたくないということです。むしろ、ここにはないものを目指していただきたい、くらいの思いを持っています。掲載されている作品のレベルは参考にしていただきつつも、ご自身ならではのものをいかに見出すかが大切なので、ぜひ楽しみながら読んで、書いてくださったら嬉しいです。白濱:
田丸さんのおっしゃるとおり、その人にしか書けない物語がたくさんあると思います。毎年、坊っちゃん文学賞に関わらせていただいて感じるのは、ショートショートって、テストで○をもらうためものではないということ。読んだ人にとって、合う合わないはあるかもしれないけど、書く人にとっては、正解も不正解もない。だから、自由に思うがままに書いてほしいです。そういう作品の方が、読む方もわくわくさせてもらえる気がします。僕も本当にショートショートが好きなので、もっとたくさんの人にその素晴らしさを知ってもらいたいです。田丸:
僕も、審査員長というよりも一作家として、ショートショートはめっちゃ楽しいですよって伝えたいですね。読むのも、書くのも、すごく楽しいので、みなさんもぜひ一緒にやりましょう!事務局:ありがとうございました。
(2021.7.2 Zoomにて)
1987年、愛媛県松山市生まれ。松山東高、東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務める。また、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動している。ショートショートの書き方講座の内容は、2020年度から小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/
1993年8月4日生まれ、愛媛県松山市出身。2012年11月、GENERATIONS from EXILE TRIBE パフォーマーとしてメジャーデビュー。 2014年4月にEXILE新パフォーマーに決定し、EXILEに加入。GENERATIONSのリーダーも務め、EXILE/PKCZ®と兼任しながら活動している。また、俳優としての主な出演作にはドラマ「シュガーレス」、「GTO」、「小説王」、「M 愛すべき人がいて」、 映画「ひるなかの流星」、「コンフィデンスマンJP プリンセス編」、「10万分の1」などにも出演。4月24日より放送のテレビ朝日系列「泣くな研修医」では主演を務めており、さらにDJ(楽曲制作)としても活動し、昨年PKCZ®に加入するなどマルチに活動の場を拡げている。